トップ > コラム一覧 > 名医が語る白衣のメモリー Vol.2 医師・作家 米山公啓先生

名医が語る白衣のメモリー

歴戦のベテラン医師が振り返る、忘れられないエピソード

THSでは創業以来、白衣の通信販売を通じて医療現場で働く人たちをサポートしてきました。
病院へは誰もが一度は通ったことがあるものですが、実際にそこで働く医師たちがどんな体験をして、
どのようなことを考えながら働いているのか、知る機会は少ないのではないでしょうか。
そこでこちらでは、医師たちが実際に私達に語ってくださった、貴重な体験談をご紹介します。

現場を見て感じた問題意識、
声に出すことで医療は変わる


ガイドラインに縛られない、患者一人ひとりの生き方を考えた治療の追求


「医師」と並んで「作家」の肩書も持つ米山公啓先生。「おかしいことをおかしいと言えない医療の現実を世の中に知ってほしい」という思いで、聖マリアンナ医科大学の助教授職を辞して執筆活動を始め、現在では作家として多くの著作を上梓するかたわら、開業医として地域医療に貢献しています。

外来で見ているのは患者さんの「一瞬」に過ぎないということを自覚し、一人ひとりの人生に寄り添うことが真の医療につながると話す米山先生に、執筆のきっかけとなった「違和感」や現在の医療に関する思いを伺いました。

老人医療の場に足を運び、在宅医療にも参加。
外来では知ることができない、患者の「人生」を見た

米山公啓先生
  • ご専門は神経内科だとお聞きしました。

元々は循環器志望だったのですが、あるとき神経内科の助教授の依頼で学会にスピーカーとして登壇したのをきっかけに目をかけていただき、大学院2年目に神経内科に移りました。だから、最初から高い志があったわけではないんですよ。どちらかというと、神経内科に入ってから目にした現実によって問題意識が芽生え、次第にやるべきことを見つけていったという感じです。

  • 先生の中に生じた「問題意識」とは?
神経内科で感じた問題意識について語る米山先生

当時の神経内科は、「患者を寝かせておくことしかできない」と、ほかの診療科から蔑まれているようなところがありました。そういう環境が嫌でしたし、悔しいとも感じていましたね。そんなとき、山奥にある昔ながらの病院に行く機会があったんです。そこには、30人ほどが手足を縛られた状態で寝ていました。「延命治療」という言葉もない時代ですから、ほとんど無意味に近い点滴をするためだけに寝かせているのです。誰が見てもおかしいと思う光景ですが、疑念の声を発する医師がいなかったのです。そこで老人医療の問題点を肌で感じるとともに、間違っていることを間違っていると言えない、そんな医療の世界の閉塞感にも大きな疑問を抱いた瞬間でしたね。

  • 在宅医療にも早くから携わっていらっしゃいますが、そちらではいかがでしたか。
在宅医療イメージ

大学時代にアルバイトをしていた病院の院長が、認知症の診断ツール「長谷川式認知症スケール」で知られる長谷川和夫教授の一番弟子で、「老人の専門医療を考える会」を作って活動していた天本宏先生だったんです。天本先生と話をしたことがきっかけで、多摩市の家庭を往診という形で回るようになりました。まだ、「在宅医療」という言葉がないころですね。そこで本当にいろいろな患者さんを目にしました。大きな家の快適な部屋で介護を受けている人もいれば、土間に敷かれた畳の上で寝ている人もいる。環境によってこんなに扱われ方が違うのかと、愕然としましたね。医者は基本的に外来でしか患者さんを見ませんが、生活している現場に足を運ぶと、得られる情報量がまったく違います。この経験を機に、自分たちが見ているのは患者さんの「一瞬」に過ぎないということを、もっと自覚すべきだと思うようになりました。

感じた疑問を世の中に広く知ってもらうため、執筆活動を開始

米山公啓先生
  • そうした違和感が、執筆を開始するきっかけになったのでしょうか。

そういう環境に置かれている患者がいるということ、そして、おかしいことをおかしいと言えない医療の世界の現実を広く伝えなければならないと思って書き始めました。知り合いのナースが詩を寄稿していた看護雑誌に「お医者さんの本音」というエッセイを書いたところ、連載の話をいただいたのが始まりです。内容以上に、看護雑誌に医師が書くということに対する批判がありましたね。そういう時代でした。

  • 時代の移り変わりとともに、老人医療や介護を取り巻く環境も変わっているといいのですが…。
老人医療や介護の現状を語る米山先生

介護保険制度によってデイサービスやデイケアといったものが充実したことで、かなり変わったと思いますよ。第一に家族の意識が変わりました。昔は、家族の中に認知症の人がいるという事実を隠したものですが、今はできる限り家で見て、きびしくなったら外部の手を借りるという流れが当たり前になりつつあります。医師のほうも認知症に関する理解が深まり、「何度も同じことを聞かれたり、言ったことをすぐ忘れてしまったりしても、あまり怒らないように」といった適切なアドバイスができるようになりました。認知症の進行を遅らせる薬も出ていますから、病院へ行って診察を受ける意味は十分あると思います。

患者とその家族の話にじっくり耳を傾けて励まし、
支えることが医師の使命

米山公啓先生
  • 執筆のかたわら、開業医として診療もなさっていますね。
診療イメージ

週4日、東京・あきる野市にある「米山医院」で診療をしています。症状を問わず、できるだけ患者さんのお話を聞くことを心掛けていますが、特に認知症の患者さんを抱える家族の方や、認知症を心配している方とはゆっくりお話しするようにしています。実際のところ、認知症の患者に対する看護の現場では、家族とナース、ヘルパーがメインで、医師には患者さんとその家族の不安や不満に耳を傾けて必要なアドバイスをし、入院すべきだと思えばその後押しをするという方向付けくらいしかできません。介護は出口が見えないと苦しくなりますから、ご家族には「一生続くことはありませんよ」と声を掛けたり、今後の見通しとともに「今、どの地点にいるのか」という目安を教えたりするようにしています。医療の知識で患者さんとご家族を支え、励ましてあげることが医師の役割であり、存在価値であると思いますね。

  • 最後に、現在の医療について、またご自身の今後についてお考えをお聞かせください。

特に高齢者の場合、血圧や骨粗鬆症の薬を出して「治す」ことより、人格と人生を考えた治療をすることが重要だと思います。これからも、本人やご家族の意思を尊重して、患者さんの一生を見るようなつもりで治療をしていきたいですね。私も60代半ばになりますから、60歳を過ぎてからの生き方を患者さんに見せるつもりでがんばっていきたいと思います。

  • 米山公啓先生
  • 米山 公啓 先生
  • 1977年、聖マリアンナ医科大学医学部卒業。同大学第2内科学講師、第2内科助教授・健康管理部副部長を歴任。超音波を使った脳血流量の測定や、血圧変動から見た自律神経機能の評価などを研究するほか、老人医療・認知症問題にも取り組み、外勤先の天本病院では10年以上にわたって在宅医療に参加した。1998年に本格的な執筆活動のために聖マリアンナ医科大学を退職。以降、医学ミステリーや小説、エッセイ、医療実用書などを年間10冊以上のペースで書き続け、現在までに270冊超の著書を刊行。さらに、東京都あきる野市にある米山医院で週4回の診察を行っている。

    ★米山 公啓先生のオフィシャルウェブサイトはこちら
     著作リストや新刊ラインナップをご覧いただけます↓。
     http://yoneyamakimihiro.main.jp/

ご利用ガイド